げんすけさん、やすらかにその2

 

告別式では参列したメンバーで、このサイト名のお花を供えさせていただきました。

「不謹慎ちゃうか・・」という常識を持ち合わせた方もいたんですが
げんすけさんにさえ受けたらええやん!ということで。
「ようやるわ・・・僕恥ずかしいわぁ」とお空の上で照れてはったかな?


(1)第一号メール(1998/12/1)

はじめまして。「松本留五郎の部屋」見せていただきました。

僕も上方落語をこよなく愛する者です。亀田龍雄といいます。
現在、25歳、兵庫県在住です。資格試験の専門学校で受験指導の仕事をしながら
ちょくちょく寄席や落語会に出かけていきます。先月もサンケイホールの南光独演会
、枝雀寄席の公開録画に言ってきました。
僕も枝雀」さんをはじめ米朝一門の噺家を贔屓にしています。
枝雀さんの長期の病気療養は心配ですね。早く元気になってあの高座をまたみせて
いただきたいです。
伊藤さんの試みというか企画には大賛成です。このホームページの発展と枝雀師匠
の快気高座復帰を祈っておきます。
松本留五郎も探しておきますのでまたお知らせします。

ところで、僕のパソコンでは「今週の松本留五郎」「リンク集」が文字化けしてし
まうのですが、何か対処する方法はありませんか?あったら教えてください。

それでは、よろしく。
さいならごめん。


(2)枝雀師匠への追悼のことば(byげんすけさん)

■げんすけ 投稿日:99年4月20日<火>00時47分   枝雀さん、永遠に
枝雀さん、お疲れ様でした。   僕の中ではまだまだ元気に落語をやってはるしこれからもきっとそうやろと思います。
向こうでも元気にいちびって落語やってください。   しばらくは枝雀さんの思い出を聴き続けることになりそうです。   さいならごめん。

■げんすけ 投稿日:99年4月21日<水>00時02分 ●枝雀さんを永遠にしましょう。
枝雀さんは自殺しはったんやないと思います。躁鬱病という病気のために亡くならはったんです。皆さん、もうやってはると思いますが、これからも枝雀さんを僕たちの中で永遠にしていきましょう。枝雀さんは不滅です。

■げんすけ投稿日:99年4月21日<水>17時31分   ●生まれ変わってもまた枝雀さんに会いたい
生まれ変わってもまた枝雀さんに出会いたい。   こう南光さんが言ってはりました。同じ思いです。生き変わり死に変わりしてもまた枝雀さんの芸を観たいと思います。   kiyoさん、お気持ちは分かりますよ。僕もそう思いましたから。
でも、あの方も枝雀さんの死を悼む気持ちに偽りはなかったと思います。
ちょっと、書き過ぎはっただけやと思います。人のホームページで積極的な宣伝をするのは避けるべきでした。   僕も「お疲れ様、枝雀さん」でええとおもいます。   でも、kiyoさん、僕らは枝雀教の信者ですよね。

◆げんすけ 4/21
ホントに悲しい結果になってしまいました。
でも、前田達さんはこの世から消えてしまったけど、桂枝雀という人はまだまだこ
の世に居続けることやと思います。

「留五郎の部屋」にも留五郎は居続けてますから、このページも続けて下さいね。
僕からのお願いです。

でも、枝雀さんの芸にはもうナマでは観られません。僕は枝雀さんが病気で休みは
っていらい、ずっと、CDやテープ、レコード、ビデオと集めています。あの事件
の後は、難波まで出て、中古レコードを物色したりもしてます。(ワッハ上方のラ
イブラリーにはあの地獄八景がレコードでありました。)
まあ、でももう限られた数しかこの世には出てませんから、入手困難になってます
よね。
東芝EMIが追悼で復刻版を発売してくれたらええのですが。

そんなわけで、枝雀さんの作品著作物は今や財産になっています。
それで思いついたのですが、これらをみんなで共有するということはできないでし
ょうか。具体的には現在入手困難なものは持ってはる人にダビングさせてもらうと
か。もし実現するなら僕も自分が持っている物を提供します。これを「留五郎の部
屋」を通じてできないでしょうか?

と、ちょっと厚かましく自分勝手な企画を考えてみたのですが、枝雀さんの芸をみ
んなで保存していきたいという思いからなんです。もしこの企画が実現可能で御賛
同いただけるなら僕にもお手伝いさせて下さい。
今はみんな哀しみにひたった状態ですが、僕らにできるのは枝雀さんの芸を鑑賞し
続けることしかありません。

九雀さんをはじめ一門の方にも宜しくお伝え下さいませ。

では、さいならごめん。

■げんすけ 投稿日:99年4月24日 土 17時36分
● Re:誰か追悼番組の感想を教えて下さい。追悼番組は、いかがでしたか。・・・の投稿に答えて
誰か、教えて下さい。僕の場合、平成7年度版の「胴乱の幸助」はビデオにとって繰り替えしみていたのですが、それでもやっぱり可笑しかった。枝雀独演会、落語ライブの「胴乱の幸助」も鑑賞してますが、聴く度に違ったイメージをうけこれが枝雀落語と驚かされます。
昭和59年度版の「宿替え」もおなじく。枝雀さんの当時については僕は落語を聴くほどには幼く、「浪花の源蔵捕物帖」くらいでしか知らなかったのですが、この機会に知ることができて嬉しいやら悲しいやら。でも、落語ライブ版「宿替え」ともまた違ってましたね。おもしろかった。
独演会版「宿替え」を聴いてはる方がいらしたら、その感想を聞かせて下さい。「独演会」買いそびれてるうちに東芝EMIが製造をやめてしまったので。最後のざこばさん、米朝師匠のコメントは悲しくて聴いてられませんでした。
ホントに一門の方々にはなんと言葉をかけてよいのやら・・・枝雀さんの人にふれられた人はみんなそれだけの幸せをもらいましたよね。おおきに、枝雀さん。

■げんすけ投稿日:99年5月19日 水 16時29分●一ヶ月
早いもので、もう、一ヶ月経ちましたね。今日は初の月命日。
皆さん、御自分で所持してはる枝雀ベストを聴いて供養にかえさせていただきましょう。
僕は、そうですねー、高津の富でも聴きましょうかな。


(3)掲示板でのげんすけさんの発言の数々

■ 覚悟?!!
■げんすけ(562) 投稿日:99年7月8日<木>09時54分

>とにかくオフ会で集まったら、おばさんの中に
>若いにいちゃんが一人ってな具合でしょうなあ〜。

うーん、どうしよう・・・・。なんか、とある時代の大阪の町の長屋の井戸端に迷い込んだような感じになるのでしょうか。危なくなったら、井戸に飛び込みます。
でも、男性は僕一人だけやないでしょう?

■ 僕も無事に
■げんすけ(574) 投稿日:99年7月11日<日>00時17分

ども、ごきげんさん!

僕も無事確保しました。高校時代の友人の分とあわせて二枚。
最初ぴあに電話予約しようとかけてみたのですが、全く繋がらず
結局、自宅近くのプレイガイドで購入。

ちなみに僕の席はWの20,21です。

■ 勝手に留守居役を務めさせてます
■げんすけ(614) 投稿日:99年7月24日<土>17時01分

ども、ごぶさたしてます。

げんすけです。勝手に留守居役を務めさせていただきます。
といっても、特にネタはありません(このあいだ行った、痛快エブリ寄席公開録画の感想は応援掲示板へ書き込みます)。

>最近の疑問<

なんきんむしは脚気患うか?
定吉、常吉、亀吉・・あっちこっち丁稚トリオは出世して番頭になるのか?
番頭になっても、やはり定吉・常吉・亀吉の名前のままなのか?
とまあ、暑さに脳味噌をやられてしょうもないことを日夜考えてます。

>管理人さんへ

家族旅行ご苦労様です。帰ってきたらヘトヘトなんでしょうね。

>定吉とんへ

オフ会の下見まで行って下さいましてご苦労様です。大阪駅周辺は田舎に住んでいるため、あまりよく存じ上げません。新地の辺りとかは遠いんですかね。僕はお酒は恐くないけれど饅頭はこわいです。

■ あ、間違えた↓。
■げんすけ(615) 投稿日:99年7月24日<土>17時03分

↓の件名、
務めさせてます→務めさせていただきます

の間違いでした。
エライひつれいを。

■ 僕も屋内の方がいいです
■げんすけ(623) 投稿日:99年7月28日<水>16時39分

どうも、遅くなりましたが、僕も屋内の方がいいです。

僕はお酒が苦手なので、ビアガーデンはちょっと辛いです。
それに、確か14日辺りは大阪ドームで阪神の試合があるので、ビアガーデンは混み合ってるかもしれません。

ま、僕は以上の理由から屋内の方を希望します。
定吉とん、幹事ご苦労様です。

■ 16000ゲットしました
■げんすけ(658) 投稿日:99年8月12日<木>13時19分

どうも、げんすけです。

16000ゲットしました。
ただそれだけです。
それにしても暑いですなあ、何か涼しくなるようなことないですかねぇ。
お菊さんやお露さんに団扇であおいでもらいましょうか・・・。

■ おおきにありがとうございました
■げんすけ(665) 投稿日:99年8月15日<日>04時25分

どうも、何故か未だ起きていたので、早速お礼のメールをしてます。

南光さんと三枝さんが和解した(?)ように、枝雀さんが皆さんを集めてくれはったのですね。いろんな地域の、いろんな年齢の方達とただただ枝雀さんが好きという共通点で結ばれていることを嬉しく思います。

皆さん、これからもどうぞ宜しくお願いします。
それからゴイノさん、どらえもん電報おおきにありがとうございました。

■ 街で見かけた松本留五郎氏=定吉とん
■げんすけ(668) 投稿日:99年8月15日<日>12時47分

定吉とん、インターネット復活おめでとうございます。

その経緯は街で見かけた松本留五郎さんに該当するのでは?
とりあえず、留はんのコーナーにも投稿宜しく。

■ 今度の枝雀一門会
■げんすけ(669) 投稿日:99年8月15日<日>15時37分

桂南光「質屋蔵」/桂雀三郎「親子酒」/
桂雀々「さくらんぼ」/桂九雀「七度狐」/桂雀喜「牛ほめ」

19日の一門会は、このラインナップでした。
僕は雀さんの親子酒が観られるのかと思うとまた楽しみです。

■ せやせや
■げんすけ(676) 投稿日:99年8月16日<月>17時43分

せやせや、RX、忙しいけどたまにはおいで。

でも実は、RXが僕を落語に没頭させた張本人なんです。
僕がその後どっぷりとはまって、RXを引きずり込んだわけで。

こう考えてみたら、RXは僕の人生の恩人かもしれませんね(なんと大袈裟な)。と言うわけで、皆さん、RX共々今後とも宜しくお願いします。

■ ご心配なく
■げんすけ(683) 投稿日:99年8月17日<火>21時21分

>RXさんの顔も浮かんできますよ。「楽しかったんかなあ」と
>ちょっと心配してましてんけど。落語を心から楽しんでくださいね

大丈夫ですよ。ご心配なく。
確かに、あの一部マニアックな会話にはついていけていないところもあったようですが、本人はもっと「落語きかなあかんなー」って、気合い入ってましたから。なんせ、僕を落語の世界に蹴落とした、いや、もとい誘った悪魔じゃなくて天使のようなやつですから(仏教徒の僕からしたら、鬼やなくて菩薩ですか・・・)まだ、このあいだ貸した、落語らいぶ「船弁慶・代書」などを返してくれへんし・・・。

>竹本さん
続きを早く書いて下さい。僕も気になります。

そう言えば、松永さんのHP寄席日記に早速一門会の報告がアップされてました。このあいだもお話しさせていただいて思いましたが、凄い分析力ですよ。ホンマに。
上方落語の分析に関しては池田では松永さんの右に出る人はおらんのでは?(左にはチョイチョイ出るかしらんけど)またいろんな記事で楽しませて下さい。あの寄席日記、いつも楽しみに見てますよ。

>管理人さん
データベース個人のビデオテープの所、ままよさんのデータの部分(8月10日更新)、クリックしたら、ジオシティイに行ってしまうのですが、アドレスはあってますでしょうか?

■ さっき、ラジオで南光さんが
■げんすけ(690) 投稿日:99年8月18日<水>16時37分

三枝さんとの和解はホンマらしいです。

枝雀師匠が亡くならはってから、なんか柔らかいやさしい気持ちになって(師匠が乗り移ったかと思うほどに)、三枝さんに挨拶にいたときにお互い水に流して和解したらしいです。

周囲の人たちは「何か仲が悪い方がおもしろいのに」と言ってるそうですが、三枝さんの創作落語の会にも出演するほどの復縁ぶりやそうです。

・・・それが真実じゃ!

というわけです。よかったよかった。

>管理人さん

お陰さんで無事に見ることができました。ままよさんのデータ、このあいだのビデオプレゼントの分ですよね。米揚げいかきや水屋の富、高倉狐など、ぼくがまだ拝聴したことのないネタも入ってますね。

>竹本さん

枝雀さんのエピソード、いいですねえ。また、何かご存知なのを披露して下さいませ。若輩者の僕は、枝雀さんとのお付き合いが皆さんに比べて短かったものですから。それにしても、丸一日のおトイレ、お疲れ様でした。さぞかし、足腰が痛かったことでしょう。

枝雀さんて、気の入ってないのをみるが嫌やったんですね。この間のゲストコーナーでも鶴瓶さんが大喜利後に怒られた理由も「気が入ってない」でしょ?

一期一会の精神ですな。あれ、落語も「あくび道」のように茶道と関係あるのかな?(そんなわけないやろ〜)

■ 明日はまた一門会
■げんすけ(694) 投稿日:99年8月18日<水>22時41分

明日はまた、一門会です。
報告をお楽しみに。

■ 行ってきました?
■げんすけ(706) 投稿日:99年8月20日<金>17時27分

どうも、ごきげんさん。

僕も昨日の一門会、行ってきました。

>詳細はげんすけさんが松永さんとこの寄席情報速報版に書いてくれると
>思います(笑)

えっ?あそこに書きこまなあきまへんか?あそこの寄席情報速報版に報告して、落語通の愛読者を喜ばせるほどの分析力観察力はないんで、枝雀ファンの目で読んでもらえる、ここのお弟子さんコーナーではあきまへんやろか?

>ただ、サゲで「ハシカも軽けりゃホウソウも軽い・・・わかった!わかった!
>わいの名前『ホカス』っちゅうねん!」と言わはりました。
>私は(あ〜っ!とちった〜!)と思ったのですが
>竹本さんによると「あれはわざとサゲを替えたんちゃうか」ということです。
>ん〜どっちなんやろ〜。

僕もわざとサゲをかえはったんやと思います。八五郎のサゲは別バージョンがあったと思いますよ。確か、小佐田先生の「噺の肴」で読んだような気がします。枝雀さんのサゲで聴き慣れていた、僕にはちょっと違和感がありましたが、いろいろ工夫して師匠の得意の噺でさらに、師匠の上を行こうとする雀々さんの試行錯誤の姿勢がなんか頼もしく嬉しかったです。

きっと、枝雀さんもこの一門会でのお弟子さんの芸を観て、舞台袖で大笑いしてはったんとちゃいますか?(会場よりうけてたりして・・・・)

>手のとどくところにあったので「ちゅん助さんがいたら
>こそっと持って帰るんちゃうか」という噂も(笑)

僕も持って帰ろうかと思いましたよ。ワッハ上方のライブラリーに置いてある、枝雀さんのレコードを持ち出そうかという誘惑にかられること、幾度も。

>定吉とん
ラジオ聴くことができましたか?九雀さんと雀さんのトーク、息がぴったりで、楽しかったですね。

枝雀寄席を観てた時からずっと思ってたんですが、枝雀一門、凄いチームワーク良いですよねえ。落語会随一やないですか?これも枝雀さん、師匠の奥さん、そして、お弟子さん一人一人のお力の賜でしょうね。
今後とも一門の活躍が楽しみですよ。

では、さいならごめん。

■ ちょっと留守した間に・・・
■げんすけ(740) 投稿日:99年8月27日<金>19時38分

いやあ、凄いですね。
ちょっと、ご無沙汰してるうちに、マニアック、いやもとい、アカデミックな掲示板になってますね。

僕はただただ笑うだけなので、浄瑠璃や芝居にちなんだおはなしには親しくないのですが、ふと口から出てくる唄と言えば、三十石の舟唄、「奈良の大仏さんの横脇に抱えてお乳飲ましたお乳母どん・・・・」ですかね。

>元さんへ

甲子園のダイエーがお近くでしたら、阪神間にお住まいなのですね。
三宮センター街のセイデン本店の地下に行ってみて下さい。
枝雀さんのみならず、かなりの品揃えですよ。
僕はそこの落語コーナー、棚ゴト欲しくなりました。
梅田なら、阪急百貨店の7階か8階のCD売場、阪神百貨店2階(陸橋に繋がってるところ)のCD専門店(BREEZ?やったかな)も落語らいぶなら揃ってます。

留守してる間、高野山真言宗の親善野球大会に参加してました。
宿坊(お寺)に泊まっていたんですが、そこのお寺、
八五郎坊主に出てくるような、静かなだだっ広いお寺で、
思わず、「ごめーん、ごめーん、ごめーん・・・・」「ぼうずー、ぼうずー、ぼうず・・・」「どぼうず、どぼうず、どぼうず・・・」、とこだまさせたくなりました。

●げんすけ(45) 題名:僕もそう思いましたよ、管理人さん
そうなんですよ、九雀さんの七度狐、おもしろかったです。

僕は喜六のあほさ加減や尼さんの妖しい雰囲気が気に入りました。
噺の各所によう考えはったくすぐりがあって新鮮でした。

枝雀師匠の七度狐を聞き慣れてましたが、こうやって、同じ噺でまた新鮮な感動を与えてもらえると、ああ、古典落語って本当にイイですねえ、
と思ってしまいます。

とりあえず、今宵はこれにて。また、明日以降に一門会報告を書き込みさせていただきます。

■ やまこ坊主ですから・・・(笑)。
■げんすけ(749) 投稿日:99年8月29日<日>18時01分

>三楽亭さん

追善寄席に協力できて、僕も嬉しい限りですよ。
>二代目枝雀は昭和後期〜平成期の「極彩色の名人」でしょうな。
いろんな色で、僕らを楽しませてくれたように思います。

>>げんすけさんへ質問
>「天王寺詣り」の引導鐘の件で、坊さんがお経あげますな。
>大学時代、お彼岸の天王寺さんでバイトして、引導鐘のお堂で
>ずっと見てたんですが、あのお経あげてませんでした

僕、やまこ坊主・ド坊主ですから(笑)、よくわかりません。もうすぐお彼岸ですから、また、知り合いのお坊さんにきいておきます。
でも、天王寺詣りのあのお経は唱えてないように思います。真言宗独自の
ものではなかったと思います。戒名を読み上げるシーンは似てると思いますが・・・・(あんな抑揚はないですがね)。おっしゃるとおり、真言と天台の違いもあるでしょうし。

>定吉とん
>私が聞いた「植木屋娘」は晩年にあたるのでしょうか

晩年ではないと思います。枝雀さんの場合、晩年はごく最近、4,5年くらい前ではないでしょうか。でも、僕は、枝雀さんが落語をするとき、いつも全盛期で最高の笑いを与えてくれたと感謝しています。

>元さん
>今後もずっと、皆様それぞれの最高枝雀を依って、CDやビデオを桂枝雀>を楽しもうではありませんか。

賛同させていただきます。僕らそれぞれの最高の枝雀さんを永遠のものにしていきたいです。何十年もたって、上方落語を聴きはじめたばかりの若い人に(僕は今、若者の部類ですが)、「俺は、桂枝雀を知っている」と言ってみて、古いCDなんかだしてきて、思いっきり笑わしてみたいですね。

>重ね重ね、新参者なのに失礼致しました

そんなに恐縮しないで下さい。みんな、枝雀さんのファンであるだけで、枝雀落語を楽しむという同じ道中の中でたまたまお知り合いになっただけですから。枝雀さんの前では新参も古参もありませんよ。それに、枝雀ファンクラブがあったとしたら、会長・会員番号一番は桂枝雀その人ですからね。
僕らはその後ろに控えて、アハアハアハと笑わせてもらってるだけです。

というわけで、恐縮せずに、どんどん、顔出して下さい。
宜しくお願いします。

■ いちでな〜し、にでな〜し、さんでな〜し・・・・
■げんすけ(755) 投稿日:99年8月30日<月>09時36分

もう一つ大切なのを忘れてました。
枝雀さんが酔っぱらうシーンで時々唄うこの迷曲。

いちでな〜し、にでな〜し、さんでな〜し、・・・・・・・・・
じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうよん、じゅうご、じゅうろく
この唄、おわらへんわ、・・・
さっぱりやわや・・・・

枝雀独演会シリーズの替わり目でも留はんが唄ってました。
(でも、この唄の元祖は江戸の志ん生師匠やと聴いたことがあるのですが・・・)

■ 僕のはやっぱり・・・
■げんすけ(763) 投稿日:99年8月31日<火>18時37分

僕の名言は・・・
天神山の最後のシーン、
助けた狐を逃がす前に胴乱のやすべえが狐を抱いて言ったセリフ。

「・・・あったかいなぁ・・・・」(ぬくいなぁ・・やったか?)

何とも情がこもっていてええやおへんか。僕はこのシーンに目がウルウルします。情による笑いを大切にする枝雀落語の粋が出てるところやと思うのですが・・・。

>翁さんへ
>今の上方落語会の、危機て、どんなん、あるんですやろ

危機というか、東京に比べたら、しっかりとした落語演芸場がないですよね。
吉本のNGKの逆のようなもの、落語と落語の間に色物として漫才やマジックがはさまる、そんな定席会場がないですねえ。
それから、テレビ・ラジオでの露出が少なくなったと思いませんか?
MBSの上方寄席とか、今はもうやらへんし・・・。枝雀寄席もないし。
芸人と呼ぶのにおこがましいようなお笑いタレント崩れのために時間を割くのなら、深夜でもええから落語番組を作って欲しい。
今の関西放送業界のお偉方は随分、上方落語に笑いを与えてもらってると思うんですが・・・。ま、テレビやラジオで鑑賞するよりもやっぱり生でみなあきませんがね・・・。
やっぱ、落語家さんが常時出演する演芸場が欲しいなあ。

と、まあ、翁さんにつられて書いてしまいました・・・、チャンチャン。

■ 誰か席亭になってくれ・・・
■げんすけ(770) 投稿日:99年9月1日<水>16時14分

やっぱり難しいですねえ。

芸の面でも運営の面でも。
でも、せめて、若い噺家が常時出演できるような、場があったらいいのに。
(ワッハ上方や大融寺さんなどありますが)
三楽亭さんがおっしゃる、「今の層の厚さ」を維持するのには必要やと思うんです。景気が良くなって、そういう場を作ってやろうという、義侠心のあるダンさんはいてませんかねえ。ノックさん、なにかと物入りな時期やと思いますが、大阪の公共施設でできませんか?
お笑いの大阪を全面に出すのなら、そういうのもありやと思うのですが・・。
(バブル期に第三セクターで余計なモノ作るくらいやったら、そういうものを作って欲しかった。)
ま、お笑いはお上からいただくモノではなく、我々一人一人が作りあげ、共有していくものですから、せめて、そういう場なと提供していただきたいなあ、と思う今日この頃です。
5月に東京に行く機会があって、新宿の末広亭にも行ってみたんですが、あの、お手軽な雰囲気、結構気に入りました。確かに盛況というわけにはいきませんが、こんな場があったらええのになと思ったんです。


>三楽亭さん
ここでは、関係のないことですが、あの方の事件には僕も心を痛めています。結構好きで聴いていましたから・・・。

■ じゃ、僕もうだうだ
■げんすけ(775) 投稿日:99年9月1日<水>21時40分

僕も島之内寄席の短縮版からというご意見に賛成です。
別に連続でなくてもいいから、週一、週二とかのペースでもいいのです。
現在も月一や二月に一度かいう定席はありますが(僕がよく行く、れんが亭もそうです。これの出演振り分けは春駒さんがやってはるらしいです。結構苦労が多いとか・・)、これを週単位のレギュラーにしたら、おもろいなあと思うのですが。

>竹本さんへ
いつも貴重な情報おおきにありがとうございます。
10日、11日は旅行中なので、ちゃんと録画予約しておかないと。

■ 国立上方演芸場に期待しましょうか・・・
■げんすけ(783) 投稿日:99年9月2日<木>13時55分

ゴマさんの書き込みにあったように、国立上方演芸場の設立に期待しましょう。頑張れ、五郎師匠。

はるさん、ごぶさたです。漸くインターネット稼働ですね。よかたよかった・・・。一門会の感想は松永さんの寄席熱目をご覧になって下さい。

お花さんもお久しぶり、僕の「顔」、一応お坊さんということで、三蔵法師の絵にしてたんですが、僕にはちょっと大きすぎる顔なので、てるてる坊主に変えたんです。一休さんに出てきた、てれてる坊主にそっくりでしょう。

■ ちょいと行ってきます。
■げんすけ(816) 投稿日:99年9月6日<月>18時40分

どうも、げんすけです。

明日から土曜日まで富士山中湖に行く予定です。と言うわけでしばらく暇乞いを。

>竹本さん、定吉とん

落語番組情報、おおきにありがとうございました。しっかりタイマーセットしてます。僕のビデオコレクションには未だしっかりと鑑賞していない落語番組が三巻ほどたまってしまいました。

■ 帰ってきました。
■げんすけ(853) 投稿日:99年9月12日<日>11時36分

ご無沙汰してます。

昨夕、富士から帰ってまいりました。
天気があんまりよろしくなくて、富士の姿をどうにか眺めることが出来たくらいです。落語風に言うと、「富士のお山が見えてる風(かざ)がしておりました。」ってか。

>RX
代打ご苦労様。見事なヒットやと思うで。
でも、君が書き込みをしていたときには既に自宅におったで。

>竹本さん、管理人さん
確かに、彦八祭り二日目に行ってました。
でも、松喬さんの店の前の人間は僕ではありません。女性の方も。
僕は、小米朝さんの店で時そばを食べて、福笑さんのラムネを飲んで
染丸さんのTシャツを買いました。
それから、まだ、「ノロケを聞く会」を開けるほどネタがありませんので、
何卒ご容赦を。
管理人様、年譜作りご苦労様です。僕があんなモノを渡したばっかりに・・・
また、お手数をかけてしまいました。


皆様からいただいたげんすけさんへの追悼のことば。

■ げんすけくん
■RX(771) 投稿日:2000年1月5日<水>22時54分

RXです。みなさんにとても悲しいお知らせをしなければいけません。
げんすけくん、本名亀田龍雄君が昨日4日の22時18分、白血病の
ため亡くなりました。

みなさん御承知のようにげんすけくんは昨年10月から入院生活を
送っていました。2年半ほど前に発覚した白血病の治療のため11月に
骨髄移植の手術を受けたんです。手術は順調に終わり、当初の予定では
12月に退院するはずだったのですが、12月半ばごろから合併症を起こし、
年を越してからは危篤状態が続いていました。手術前の医者の話ではまず成功
するということでしたので本当に残念でなりません。
彼はみなさんに病気のことについて詳しいことを話しませんでしたが、それは
あまりたくさんの人に心配をかけたくないという気持ちとともに、
必ず元気になって笑い話のついでにでも話したいと思ってのことなんです。
彼はそういう人でした。

お通夜は7日金曜日の19時から、お葬式は翌8日の12時半から、
場所はいずれもJR神戸線土山駅(大阪から快速で約一時間)最寄の円満寺です。
住所は兵庫県加古郡播磨町野添1905、電話は078(942)1439です。
駅からはタクシーでわずかの距離だと思います。
もしお越しの方いらっしゃいましたら、私のほうまで連絡先をメールで
御一報ください。

彼は入院中いつも「はやくメールを出せる病室に移って落語の
話に加わりたい」と言っていました。本当に残念でなりません。
今ごろはきっと枝雀師匠と大いに落語談義に花を咲かせていることでしょう。
冥福をお祈りしたいと思います。



■ RXさん、知らせてくれてありがとう
■いちべえ(772) 投稿日:2000年1月6日<木>00時23分

今日、枝雀一門会にいってきました。管理人さんと竹本さんと会って
ちゅん助さんと4人でげんすけさんの話をしていたばかりでした。
私はこのHPに書き込みはじめてドジで失敗ばかりしていたので落ち
こんでいたりしていましたが、初めの頃にげんすけさんにあったかく
迎えてもらったことが嬉しくて、少々傷ついてもまた書き込もうと思い
ました。ネットの世界は相手が見えないし、誰が見てるか分からないから
内心はビクビクでした。でも、優しくて正義感の強いげんすけさんの存在が
このHPにある限り、彼が戻って来るまでは下手でもカキコミを続けようと
思いました。

ちゅん助さんと一緒に今日は京都泊です。2人とも会ったのは一回だったけど、
それぞれ思い出を語って涙でぐちょぐちょです。

げんすけさん、まだ信じられないけれど優しさをありがとう。

京阪の滞在を伸ばそうか考えています。つらいな。
**********************************************
■ げんすけさん。さいならごめん。
■ままよ(773) 投稿日:2000年1月6日<木>00時26分

本当に悲しくて悲しくて言葉がありません。
げんすけさんとは、直接の面識はありませんでしたが、
ビデオを送ったり、メールをやりとりしたり‥
最後に彼から届いたメールは「これから本格的な治療に
入るのでしばらくお便りできません」というものでした。
出丸さんのチャットで話をしたのも入院される前の日でした。
「明日から落語三昧ですね」と書くと「羨ましいでしょう?」と
明るく返してくれて、絶対退院祝いしょうね言うてたのに‥

あの「さいならごめん」がもう見られないんですね‥
ほんと悲しくてなりません。
一度お会いして落語の馬鹿話したかったなぁ‥

げんすけさん、楽しい思い出をありがとうございました。
合掌。
***********************************************
■ 悲しいです。
■文字化けのQ太郎(774) 投稿日:2000年1月6日<木>00時40分

げんすけさんのご冥福をお祈りいたします。
どうぞ枝雀師匠と楽しい語らいをしてください。
* ***********************************************
■ ご冥福をお祈りします。
■鬼瓦のお花(775) 投稿日:2000年1月6日<木>01時31分

突然の訃報に 驚きました。 悲しすぎます。
最近はげんすけさんの可愛いてるてる坊主のカキコミがみられないなぁ… 
と寂しく感じてました。
8月のオフ会で初めてお会いしてほんの数時間だけお話ししただけですが
穏やかに・時には熱く語るげんすけさんを思い出します。
あなたの笑顔を忘れません。 ご冥福をお祈りいたします。
*************************************************
■ げんすけさん
■九雀(776) 投稿日:2000年1月6日<木>02時02分

一門会の夜に、悲しいニュースに接して、言葉もありません。
げんすけさんは、いち早く師匠に会いに行ってしまいました。
ご冥福をお祈りします。
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■ げんすけさん・・・
■はる(777) 投稿日:2000年1月6日<木>06時41分

年末年始とご無沙汰してしまって、やっと来れたら・・・
げんすけさんと交換した枝雀さんの落語テープは私の宝物です。
一度お目にかかって、いっぱい落語の話をしたかったです。
げんすけさん。さいなら。
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■伊藤(778) 投稿日:2000年1月6日<木>08時19分

昨夜は悲しすぎて書き込みできませんでした。
ちゅん助さんと電話で泣きながら話した後、「呉春」を飲みながら
げんすけさんのこと思い出してました。
実際に会ったのはたった2回、合計しても数時間のことでしたが
HP開設第一号のメールをくださったこと。
データベースのコーナーを作りましょうと提案してくださったこと。
いつも優しい掲示板でのカキコミ。
よそのサイトである人を誹謗するような発言には穏やかに
しかし毅然と「やめましょう」と言わはったこと。
夏のピッコロシアターの追悼一門会ではGFを紹介してくださったときの
恥ずかしそうな笑顔。
九雀さんに作ってもらったBGMのひるままが入院中は聞けないので
退院してから聞きたいとメールに書いてらしたこと。
そしていつもの「では、さいならごめん」
・・・
思い出を語ればまだまだキリがないです。
ホンマに神さまは連れて行く人を間違えてはりますよ。
告別式には参列させていただくつもりです。
ちゃんと「ありがとう」と言うてこな。
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■競馬亭 馬伸(779) 投稿日:2000年1月6日<木>12時00分

 自宅マシンが吹っ飛んでいるのでカキコを見るとなんと!げんすけさんのご冥福を心よりお祈りいたします。残念ですね。なんらかの繋がりの輪が切れてしまうのは。もっといろんな人との繋がりを持っていたいのですが....
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■舞夢(780) 投稿日:2000年1月6日<木>12時18分

げんすけさんのご冥福をお祈り致します。
げんすけさんと、一度もお会いした事は無かったけど、
本当に大切な友達を失った気持ちでいっぱいです。
落語会の後に一緒に呑める事を楽しみにしていたのに・・・。
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■ ・・・・涙
■定吉とん(781) 投稿日:2000年1月6日<木>12時46分

もう一度あの・・・笑顔が見たかった・・・
この掲示板で、泣きながら書くの、2回目・・・
変やなあとは思っていたのですが。
信じられへん。
かわいい、心底きれいなこころの人やった・・・。
枝雀さんのLPいっぱい集めてたのに。
枝雀さんに救われたかな・・・?
RXさん、げんすけさんの彼女、気を確かに生きてくださいね。
ご両親もつらいね。
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■ つらい
■ちゅん助(782) 投稿日:2000年1月6日<木>19時26分

いちべえのパソコンからの書き込みです。
げんすけさんかならず約束守りますね。
またお会いできると信じてたのに。
ありがとう。
告別式さんかします。お別れいってきます。
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■ 合掌
■ゴイノ(783) 投稿日:2000年1月6日<木>20時53分

 大変残念なことをしました.
 以前にCテープの貸借の件でメールを2,3交わしたのですが...

 ご冥福をお祈りいたします.
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■ …
■元さん(784) 投稿日:2000年1月6日<木>20時58分

ご冥福をお祈り致します。
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■ Q太郎です。
■文字化けのQ太郎(785) 投稿日:2000年1月6日<木>22時41分

VAIO C−1に残ってる留掲示板の覗き見ファイルをずっと
見てました。げんすけ殿とは一度も面識が無く、留長屋でも
お会いする機会もありませんでしたが、その書き込みから
げんすけ殿の真摯な人柄を感じておりました。
わたくしのような、ひねくれたオジサン見習いが、自爆したくなるような
好青年だったんですね。

わたくしが、げんすけ殿のいちばん近くに住んでます。
加古郡・播磨町は加古川市のお隣さんでございます。
面識はありませんでしたが、日本各地にお住いの留長屋の住人さん達に
成り代わり、ご霊前でご冥福をお祈りしたかったんですが、
仕事で今朝から福井県に居りまして、参葬できません。
誠に無礼ですが、告別式には弔電で参葬させていただきます。

人はいつ死んでも、志し半ばであると思います。
残されたご家族、ご友人方、そしてげんすけ殿ご本人、
無念であったと思います。

安らかにお眠りください・・・・・・・・・
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■ さようなら
■上林正典(786) 投稿日:2000年1月6日<木>23時49分

謹んでげんすけさんのご冥福をお祈り申し上げます。

何回も何回も知人の先立ちを目の当たりにすると、あまり深く付き合いたくなくなります。何度も何度も先に行かれてしまうと。

あちらへ行くもこちらに残るも、ほん些細な神さんの思い次第。死んでいても不思議でない事故の末に私は残っているのに、静かにげんすけさんは行ってしまいはった。

虚し過ぎますね、人生て。

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■ 管理人さんありがとう
■いちべえ(787) 投稿日:2000年1月7日<金>07時48分

枝雀一門応援掲示板への一門会報告読みました。
そう、そうなのよって頷きながら、げんすけさんなら聞いて
きそうですね。すごく、落語会の報告を楽しみに、大切にされ
ている方でしたね。
わたしたちができることは落語を聴き続けて、このHPを読んで
くれる世界中の人に報告したりすることだと思います。
運良く落語会にいって、生を見れるのは幸せなことです。
げんすけさんも書き込みを必ずみてくれると思います。
つらくてたまらないけど、一歩ずつ歩かなくては。

9日まで滞在をのばしました。後悔しないために。
残されたRXさん、彼女さんの辛さは言い表せないと思います。
傍にいた者の辛さは、何度も人を見送ってる私も少なからず
わかります。きっと、実感なんて湧いてないでしょう。

今日は朝から雨降り。大粒の涙かな。
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■ みなさんの声
■伊藤(788) 投稿日:2000年1月7日<金>09時02分

みなさんの追悼の言葉、プリントアウトしてげんすけさんのご家族にお渡ししようと思います。明日朝8時ごろに最終チェックしますので、これから書こうと思ってらした方、何かひとことでも書いてくださればうれしいです。

>いちべえさん
南光さんが最後に「師匠が天井から見てくれてはったと思う。」と言うてはりましたが、きっと師匠とならんでげんすけさんもちんと座って笑ったはったんでしょうね。
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■ 一期一会
■鬼瓦のお花(790) 投稿日:2000年1月7日<金>13時51分

お昼休みに昼食をとりながら NHKの連ドラをみていました。
「一期一会」という言葉が出てきて また げんすけさんを思い涙しました。
一期一会 まさに げんすけさんとの出会いはそうであったと思います。
そういえば 米朝師匠が色紙によく書くと聞いた気がします。
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■ 色紙
■定吉とん(791) 投稿日:2000年1月7日<金>15時17分

>お花はん
>そういえば 米朝師匠が色紙によく書くと聞いた気がします。

CD買ったらサインの色紙をいただけました。真ん中に米朝さんのを置いて
両端に枝雀さんと雀三郎さんの色紙が部屋の壁にかかっています。
米朝さんは「一期一会」枝雀さんは「萬事気嫌よく」
雀三郎さんのは10年前の髪の毛がある写真(私が貼った)とサイン。

「一期一会」は非常に深い意味ですね。
毎日会っていてもそのときに会うのは今しかない・・・という意味です。
人間、毎日老いと死に向かって生きています。一秒の何分の1ずつでも
一呼吸、一呼吸が過去になっていきます。その瞬間瞬間を大切に生きると
いう意味です。年を取るとさらによく意味がわかることばです。
(年寄りの定吉とんからでした)

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■競馬亭 馬伸(792) 投稿日:2000年1月7日<金>16時49分

「一期一会」の色紙は私も持っています。十数年前に近江八幡やったか
大津やったかで独演会をされたときに買いました。お弟子さんたちの
「すぐに プレミアがつきますので待っててください。」とは 大爆笑
でしたが今は一寸笑えません。
 げんすけさん。今ごろ「枝雀独演会」をかぶりつきで見たはるんやろか。
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■ 想い出
■松永 啓太(793) 投稿日:2000年1月7日<金>22時55分

あまりのダメージのきつさに、ここ2日ほど、書き込まず。HDに残っていたげんすけさんの想い出をかき集めていました。ご冥福をお祈りします。

↓追悼。です。

「留さんとこの掲示板はねぇ、夜は繋がりにくいので、更新ボタンを何回も押すんですよ。何回も何回も…」って言うてはったのを思い出しました。

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■ げんすけさんが入院したときに・・・
■定吉とん(794) 投稿日:2000年1月8日<土>01時10分

デルピさんと定吉とんが「んまわし」でへろへろになるまで
戦ってて、その様子をげんすけさんにメールで送ったら
「じゃあ、ボクも」って「んまわし」作ってくれはった。

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掲示板の「んまわし」、おもしろいですねえ。
では、僕も参加します。
こんなのはいかが?

どんどんぱんぱんどんぱんぱん、どんどんぱんぱんどんぱんぱん、
どんどぱぱ、どんどぱぱ、どーんぱーんぱーん、
はぁー、・・・・・

ドンパン節はいかがでしょうか?
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次にげんすけさんが大笑いしたのは、管理人さんのクイズ。
「遺体と死体の違いは?」でした。

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僕もまた下ネタっぽいクイズ考えときます。
しかし、あの管理人さんがこんなことを書きはるとは・・・、
おもしろいですねぇ。

合宿の話もすごいですねぇ。
僕も参加できるように体調を回復させないと・・・。

掲示板の賑やかさをいつも知らせてくださっておおきにありがとうございます。
入院中でもこうやってメールで話ができるとホントに退屈しないし、それなりに
なんか楽しめます。

では、また、さいならごめん。
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ほな、また明日会おうな!!

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■ げんすけさんに会ってきました
■いちべえ(795) 投稿日:2000年1月8日<土>21時14分

みなさん、こんばんは。

播磨町の円満寺へ管理人さん、定吉とん、竹本さん、ちゅん助さんと一緒に
お別れしに行って来ました。その報告です。

本当にたくさんの人達が彼にお別れを言いに来ていました。
とても人望の厚かったげんすけさんの人となりが、弔辞を読む
人たちの言葉から伝わってきました。

高校時代の友人のRXさんが友人代表で弔辞を述べられたとき、
私達松本留五郎の部屋のことも加えて下さいました。
(RXさんは葬儀の準備の中、わざわざ駅前まで出迎えてくれたのです。)
彼の優しさですね。みんなでそう言い合いました。

弔電は九雀さんからと松永さん、ゴイノさんの分を確認しました。
Q太郎さんの分は、私達みんな本名を知らなかったので未確認です。
みんな「大丈夫かな?」と心配してました。

みんなさんの言葉は管理人さんがちゃんとご家族へ、RXさんを通して
渡して頂きました。管理人さんの作成したご家族へのご挨拶文はとても
いい文章で、みなさんのことを伝えてくれていました。伊藤さんが管理人
さんで私達は本当に幸せだと思います。

つらいけれど、献花をしながらげんすけさんのお顔をみてお別れしました。
彼が立派に病と闘っていたのかが、痛いほどわかりました。

とてもいいお葬式でした。

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■ 報告2
■定吉とん(796) 投稿日:2000年1月8日<土>22時16分

いちべえの報告につづきます。

げんすけさんは昭和48年生まれ。円満寺の長男。
小さい頃からの生き様などがアナウンスで流れました。私たちが一番新しい
友人であり、少しの時間しか一緒に過ごすことはなかったのですが、
私たちが感じたげんすけさんの印象になにも変わらす、感じたとおりの
若者でした。

枝雀さんの落語を愛し・・・というアナウンスもちゃあ〜〜んと
してくださり、RXさんの弔辞では「今日は松本留五郎の友達も
来てくれてるんやで」と言ってくださいました。お花も飾っていただき、
「松本留五郎の部屋」と書かれていました。ふざけてるのではなく
これがげんすけさん、一番喜ぶと思ったのです。

白血病を発病、でも、2年半待って骨髄移植のドナーが見つかる。
げんすけさんは「人生一番のばくちに臨む」と言って手術を受けられたそうです。
ご本人もご家族もご友人も、こんな急変するとは思っておられなかったそうです。
年明けてからのあまりの急展開にどなたにも悔しさがありありと感じられました。
もちろん、私たち参列した者も同じ気持ちです。くやしい・・・。

まだまだ涙がかわくには時間がかかりますが、あまりひっぱっていても
湿っぽくなっていけませんね。
管理人さんは休日のあいだ、掲示板へのご出勤はできませんので、
だれかれなく、お留守番をしてくださいとのことでした。
空気を変えてアホな話でもあれば、なんなと遊んでください。

そうそう、さっそくアホ話を一つ。
竹本さん、お葬式というものに参列したことがないとのこと、
お焼香のとき、お香の入ってるのはどっちか、とっさにわからず、
あやうく熱い炭火の方に手をつっこみかけた・・・と言うてました。
なかなか留長屋の住人にふさわしい、愛すべき竹本さん。
きっと、げんすけさんも笑ろてたんとちがうか・・・って、涙の
合間に笑いました・・・。

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■ ご冥福をお祈りします
■坂本 竜太(798) 投稿日:2000年1月8日<土>23時34分

ちょっとご無沙汰していたもので、まったく知りませんでした・・・・
げんすけさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

げんすけさんと私は確かぼんさん仲間だったと思います。
昨年の盆にそんなお話をここでさせていただいたような記憶があります。
管理人さん仰るとおり、佳人薄命のことばあれど、あまりにも、
あまりにも天は勿体ないひとを連れて行きすぎです....

どうか極楽亭とやらで大爆笑してください。枝雀師はじめ、みなさんによろしく・・・・
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報告いたします。
■RX(800) 投稿日:2000年1月9日<日>04時47分

RXです。
昨日8日にげんすけくんの葬儀が行われ、無事に彼を
お見送りすることができました。
葬儀にきてくださった管理人さん、定吉とん、竹本さん、
ちゅん助さん、いちべえさん、またご弔電をいただいた九雀さん、
松永さん、ゴイノさん、Q太郎さん、本当にありがとうございました。
みなさんのお気持ちに彼がどれだけ喜んでいることか・・。
また、このページの皆さんから寄せていただいたメッセージは確かに
げんすけくんの家族の者に私の方から渡してまいりました。
それからちゅん助さんから預かった、げんすけくんが欲しがっていた
という枝雀師匠と南光さんの写真はお棺の中の、彼の顔のすぐそばに
入れてきました。葬儀が終わってもやはり皆彼の生前をしのぶ話をし
ていたのですが、不思議と「惜しい人を亡くした」という言い方をする人は
まずいませんでした。
そのかわりに皆さんそれぞれの心の中にいるげんすけをひっぱりだしてきて、
まるでその場にいるかのように話していました。
僕自身も本当に彼がいなくなってしまったなんていまだにまったく信じられません。

去年枝雀師匠が亡くなられた時、僕は「悲しいね」という内容のメールを
げんすけくんに送ったんです。その時の彼の返事をここで皆さんに紹介します。
げんすけ、いいよな?

ここからーここからーここからーここからーここからーここからーここからーここから

こんばんは。
どや、頭の調子は?

ま、残念です。でも亡くなったのは前田達さんなんや。
桂枝雀師匠はどこかで生きてるし、落語をやっている。
僕が貸した、「まんじゅうこわい、崇徳院」のテープを聴いてください。
ほら、生きてるやろ。落語やってるやろ。
君の中にも枝雀さんを生かし続けてください。

そのテープあげますよ。まだいろんなのあるからまた言ってくれ。
では、ま、勉強してくれ。
さいなら、ごめん。

ここまでーここまでーここまでーここまでーここまでーここまでーここまで

僕はげんすけを自分の中で生かし続けることにします。

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■ ご報告ありがとう・・・
■鬼瓦のお花(801) 投稿日:2000年1月9日<日>14時28分

>RXさん
お疲れ様でした。
「桂枝雀師匠はどこかで生きてるし、落語をやっている。」
げんすけさんの枝雀師匠へのお気持ちがよくわかります。
RXさん ときどきここでげんすけさんのお話ししましょうね。
げんすけさんはいつまでも「松本留五郎の部屋」の住人です。

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■競馬亭 馬伸(802) 投稿日:2000年1月9日<日>14時45分

みなさん お疲れ様でした。
 なかのよい友人を亡くすのはとてもつらくいつまでも影を引きずるものです。
 そんなん やめたらと言わはる人も多い。でも やめたら その人が生きていた証も消えてしまう。かっこわるかろうがなんだろうが いろんな場面でげんすけさんを思い出しましょう。私は新参者ですが、げんすけさんの思い入れを忘れることはないと思います。
 みなさん ご苦労様でした。
 
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■ 堪忍してえな
■三楽亭(803) 投稿日:2000年1月9日<日>15時35分

今、大阪から帰着しました。
10日ほど留守してたので「さぞかしいっぱい書き込みあるやろな」
と思ってのっけに松永さんとこの「寄席熱目」をのぞいてみたら・・・。
堪忍してほしい。手がふるえました。大阪に居ったのになんにも知らずに・・・。
「何をするねんな」ですわ。こんなことになってるやなんて。

>げんすけさん
 思えば私がインターネットし始めて、奄美で枝雀師匠の追善番組がみられへん
のでどなたかダビングを、とお願いしたら、真っ先にメールくれはりましたな。
お礼に「再び枝雀十八番」ダビングさせてもらいました。「地獄」も、私がなく
してしまっていたテープも、おまけに私の持っているテープの音が悪いというこ
とでわざわざクリアな音のテープダビングしていただいて。「学校に落研つくる」
てメール送ったら、いろいろとご意見書いてくれはりましたな。最後にこちらからお
送りした六代目と百生師匠のテープ、きいてくれはったんやろか。けど、今頃は
六道の辻でホンマモン聴いてはるんやろな。名人上手の噺、そして枝雀のお師匠
さんの噺。どうぞ堪能しとくなはれ。わたしもいつになるかはわかりませんが
おっつけいきまっさかいに、顔覚えといて下さいね。わたしはよう覚えています。
人なつっこい、眼鏡をかけた笑顔を。       合掌
 

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■ そやそや
■三楽亭(804) 投稿日:2000年1月9日<日>15時39分

大阪在住のみなさんへ
今年の彼岸はぜひ「天王寺詣り」を。
げんすけさんの引導鐘、どなたぞついたげ
とくなはれ。ひっとしたらげんすけさん
「クワーン」て言ははるかもしれませんせ゛。
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■ つい、色々考えてしまう
■定吉とん(813) 投稿日:2000年1月10日<月>13時21分

げんすけさんの事を考えると、病気を告げられたときにどうやって
心を整理したんだろう、そのショックは考えるに余りあります。
ご家族の心痛も大変だったろう。私たちが会った去年の夏は
すでに、大きなショックを乗り越え、日々病気と闘っておられたの
だなあと思うと、楽しさと苦しさがきっと波のように交叉していた
のだろうと想像します。

ここにいる人たちも、私もプライベートな話はしないのですけど、
誰もが苦しいこと一つもなく生きてるわけじゃないと思います。
でも、その話にふれたくないから楽しい話で盛り上がっていたいのだと
思います。

私の友達のご主人が10年前に亡くなりましたときは、まさに今の
三楽亭さんの心境と同じだったろうと思います。それから人生観が
変わりました。10年たちましても、「あしなが募金」を街角で
見ますと、彼女の子供さんのことを思い出し、素通りはできません。
立っている子供さん一人一人に「元気でな」と声をかけたい気がします。
そこまですると、かえって迷惑やろと思いますので、募金するだけに
とどめていますが。

生きるも死ぬもたいして変わらんとも申しますが、それでも、やっぱり
元気でいきてたいです。まだ自分の目標に到達してないので、がんばらな。

HPを持っていると、私に何かあったときはどうしたらええのやろと
思います。あんまり更新してないと、息子から「元気か?」とメール
きますので、常にアピールはしておかんなりません。
なんか、まとまりなく書いてしまいました。こんな毎日です。
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■ 生死の境
■三楽亭(816) 投稿日:2000年1月10日<月>14時23分

昨日、以前満願した西国三十三ヶ所の掛け軸をひっぱりだして
追善のお経あげさせてもらいました。<私は坊さんではありま
せんが>
絵の中の観音さんをみながらげんすけさんの「覚悟」、自分なら
どうなんやろ、としばし考えていました。お会いしたときのよう
な、あの穏やかな風情はほんまに人柄やなぁと思います。そして、
「強さ」であります。たいした方です。
教育に携わる人間として、このことは大切にしていきたいと思いま
す。生徒のなかには事故で亡くなった子もいますが、やはり人との
別れの中から何を学ぶか、大切なことやと思います。

お経は「般若心経」あげてたんですが、うちの宗旨が本願寺さんなんで
「お文さん」なんかもあげたりして<げんすけさん真言宗のお寺さんやのに>
えらいチャンポン五目お経になってしまいました。堪忍してね。げんすけさん。
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■ げんすけさんのこと・・・
■ちゅん助(817) 投稿日:2000年1月10日<月>18時38分

ちゅん助です。
5日の枝雀一門会の為に京都滞在中に、げんすけさんの事を掲示板で見て
告別式に行きたいと思い滞在を伸ばし、昨日帰って来ました。
管理人さん、定吉とん、竹本さん、そしてRXさん色々とお世話になりました。

真紀さん辛くて深い悲しみの中で、掲示板に書き込みして下さって
本当にありがとうございました。

私自身、今から8年前になりますが大切な人を、げんすけさんと
まったく同じ病気で亡くしました。
知り合ってから13年お付き合いさせて頂いていましたので、
発病して告知を受けて闘病生活に入り、本格的な治療に入ってからの日々・・・・
昨日の事のように覚えています。
白血病の治療は、想像を絶するほど過酷で辛いものだと思います。
強い薬を使う為に、とても苦しく強い苦痛を伴います。
治療を受けている本人はもちろんですが、傍にいる者達にとっても辛い事だと思います。
本当に壮絶な戦いです。 きっと、げんすけさんも、そうだったと思います。
真紀さんやご家族やRXさんや多くの方達が、必死でげんすけさんを支え、
げんすけさんもその気持ちに精一杯こたえて、最後の最後まであきらめる事無く
前向きに戦われたと思います。

「12月にはメールが出せるようになると思いますので・・・。」とメールを頂き、
きっと元気になって戻ってこられると信じていました。

オフ会の時に、げんすけさんが走っていってエレベーターを開けて下さり、椅子をどかして
動きやすくして下さいました。
枝雀さんのエピソードをお話すると、大笑いして喜んで下さいました。
「もっと色々な枝雀さんのエピソード書いて下さい。楽しみにしています。」
「またオフ会やりたいですね。」とおっしゃっていましたね。

地獄八景亡者戯れのビデオをお送りしたら、「僕は、枝雀さんの閻魔さんの
顔が可愛らしくて大好きです。」とお返事を下さいました。

留の部屋のみんな、げんすけさんを頼りにしていました。
げんすけさん、またお会いする日を楽しみにしています。
それまで枝雀さんと思う存分、落語談義に花を咲かせて下さい。

げんすけさん、けして忘れません。
あなたの照れた笑顔を。
げんすけさん、本当にありがとうございました。