掲示板やメールで寄せられた師匠への声(99年4月21日分)


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■・・・掲示板への投稿
◆・・・メールでのご意見

■和菓子屋五代目投稿日:99年4月21日<水>23時53分 ●コレカラモヨロシク
小学生の頃からジョン・レノンが好きで、
今でも聞いています。。
生きている彼に会ったことも、生の歌声もきいたことありません。
でも、私の一番好きな音楽家です。
音楽家・作家・画家・政治家・宗教家・職人・落語家・・・。
名人、天才、奇才。名声を欲しいままにしてきた人々。
死して尚、生前の輝きを保ち続けているではありませんか。
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枝雀さんの落語を生で聞けた方々、羨ましいです。
もう寄席に出ることは無くなってしまいましたが、
これからも私は今までと同じように和菓子を作りながら
枝雀さんの名調子に耳を傾けていきます。
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何を書いてるのかわからなくなってきました。
皆さんの悲しい気持ち、憤りがひしひしと伝わってきます。
読めば読むほど寂しくなってきます。
 死んだのは肉体だけですよ。
 枝雀さんの落語という芸も伝えたかった精神も
 凛として残っているじゃないですか。違いますか?
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■もりのくまさん投稿日:99年4月21日<水>22時58分 ●人は二度死ぬ
[人は二度死ぬ]と聞いたことがあります。[一度目は肉体の死、二度目は思い出から]
枝雀さんの高座を一度だけ観たことがあります。三分の一は話芸ではなく、顔芸・体芸でした。これはどの噺家とも違う、[枝雀]の名前はずっと残るだろうと確信しました。芸はまだ完成していなかったのに……残念です。しかし、枝雀はまだ死んでいません、私の思い出から。二度目の死は決して与えない、と私は決意しています。

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■ゆうさん投稿日:99年4月21日<水>22時42分 ●二度めの、書き込みです
少し、落ち着いてきました。
日に何度か、ここをのぞいては、皆さんの書き込みになぐさめられています。枝雀さんが旅立たれて、何が残念かと言うと・・・
これから『枝雀落語』がどんなふうに進化(多分円熟した、含みのある、豊かに・・・)
していくのか=== ということを、知る事ができなくなってしまったことです。歳を重ねられていくのとともに、それを楽しみにしていましたから。
ただただ、惜しいです。でも、たくさんありがとう!
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◆単一 4/21
予想されたことでしたが、枝雀師匠の訃報にふれたとき
やっぱり体中の力が抜けてしまいました。
十数年前大学の落研に入ったとき初めて師匠の落語を聞き
ほんまにひっくりこけました。
過去の爆笑王と呼ばれた噺家さんの話を聞く度に、ほんまにこの人よりおもろかったんやろかと思ってました。

こんなすばらしい噺家さんをリアルタイムで見られたことに
心から感謝したいと思います。
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■ひらたけ投稿日:99年4月21日<水>20時30分 ●おつかれさま今朝の新聞で訃報を知り、ある程度の覚悟はあったものの、ショックで呆然としています。もうだいぶ落語を聴いていますが、ほんとに「天才」であったお方だと思います。(過去形で書くのがかなしい。)もう、あんなに笑わせたり、考えたりさせてくれる落語家さんは出てこないんじゃないかなぁ。2年前に独演会でひさしぶりにきいて、このひとの落語はやっぱりすごい!!とさぶいぼたつくらい感激し、これからがんばってきこう!!と思っていた矢先だっただけに、ものすごく残念です。
 こまったことに、自殺未遂の報を聞いてから師匠のCDが聴けません。つらすぎて。今日までいろんなことを考えさせられました。きっと、ふっきれることはないのでしょう。いつになったらきけるかなぁ。まだ聴いてないはなしがたくさんあるのに...もっともっと師匠のおはなしをナマで聴いてみたかった。ほんとにそうおもう。師匠、おつかれさまでした。ありがとうございました。
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◆げんすけ 4/21
ホントに悲しい結果になってしまいました。
でも、前田達さんはこの世から消えてしまったけど、桂枝雀という人はまだまだこ
の世に居続けることやと思います。

「留五郎の部屋」にも留五郎は居続けてますから、このページも続けて下さいね。
僕からのお願いです。

でも、枝雀さんの芸にはもうナマでは観られません。僕は枝雀さんが病気で休みは
っていらい、ずっと、CDやテープ、レコード、ビデオと集めています。あの事件
の後は、難波まで出て、中古レコードを物色したりもしてます。(ワッハ上方のラ
イブラリーにはあの地獄八景がレコードでありました。)
まあ、でももう限られた数しかこの世には出てませんから、入手困難になってます
よね。
東芝EMIが追悼で復刻版を発売してくれたらええのですが。

そんなわけで、枝雀さんの作品著作物は今や財産になっています。
それで思いついたのですが、これらをみんなで共有するということはできないでし
ょうか。具体的には現在入手困難なものは持ってはる人にダビングさせてもらうと
か。もし実現するなら僕も自分が持っている物を提供します。これを「留五郎の部
屋」を通じてできないでしょうか?

と、ちょっと厚かましく自分勝手な企画を考えてみたのですが、枝雀さんの芸をみ
んなで保存していきたいという思いからなんです。もしこの企画が実現可能で御賛
同いただけるなら僕にもお手伝いさせて下さい。
今はみんな哀しみにひたった状態ですが、僕らにできるのは枝雀さんの芸を鑑賞し
続けることしかありません。

九雀さんをはじめ一門の方にも宜しくお伝え下さいませ。

では、さいならごめん。
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■沖居通孝 投稿日:99年4月21日<水>20時18分 ●お疲れ様でした。
桂小米の時代から、もう何十年経つのでしょうか・・・。
枝雀師匠といい、西岡恭蔵さんといい・・・、僕の気に入りが、自ら死を選びはる。
残されたものの悲哀ですかね・・・。
でも、お疲れさまでした・・・。
そして、さよなら・・・。
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■げんすけ投稿日:99年4月21日<水>17時31分   ●生まれ変わってもまた枝雀さんに会いたい
生まれ変わってもまた枝雀さんに出会いたい。   こう南光さんが言ってはりました。同じ思いです。生き変わり死に変わりしてもまた枝雀さんの芸を観たいと思います。   kiyoさん、お気持ちは分かりますよ。僕もそう思いましたから。
でも、あの方も枝雀さんの死を悼む気持ちに偽りはなかったと思います。
ちょっと、書き過ぎはっただけやと思います。人のホームページで積極的な宣伝をするのは避けるべきでした。   僕も「お疲れ様、枝雀さん」でええとおもいます。   でも、kiyoさん、僕らは枝雀教の信者ですよね。
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◆横浜市在住  角谷寿哉 4/21
初めてお便りします。
このホームページを知ったのが、ほんの2カ月ほど前でした。
なかなか枝雀師匠のことを扱っているホームページが無かったので、
これはすばらしいとブックマークに追加したばかりの時にこの悲報を
新聞で見ました。
必ず、復帰される。きっと三途の川のネタが増える、とひそかに楽しみに
していたぐらいなのに残念でなりません。
今はただ師匠のご冥福を祈るばかりです。
そして、この貴重なホームページに出会えたことを感謝しつつ、筆を
置きます。
(もとい、キーボードをたたみます。何て言えばいいのやら?)

最後に何か出来ることがあったら教えてください。
私は多分、高校時代からの師匠のファンで、今ちょうど40歳の
会社員です。
師匠のCDをずいぶん前に7〜8枚買った覚えがあります。
ビデオは無いけど、枝雀寄席の録音カセットが何本かあると思います。
私たちだけで、何か追悼のイベントが出来ないものでしょうか?
このままでは気持ちがおさまりません。
(これって、掲示板に書いた方が良かったかな)
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■がじゅ丸投稿日:99年4月21日<水>12時22分●・・・・・
はじめてこのページの存在を知り、来てみました。
でも、どうせならもっと楽しい話題ができるときに来たかったと悔やみます。

私は14歳から21歳までを関西で過ごしましたが、
関西の人には申し訳ないがイヤなことばかりでした。
ほとんど唯一の心のよりどころといえば、落語でした。それも米朝一門の。
米朝師匠の落語を見て、関西にも気品のある人がいることを知り、
枝雀師匠の落語を見て、関西にも人間の丸い人がいることを知ったんです。
「この人たちの近くで暮らしたい」「そして、落語というすばらしいものを
もっとたくさんの人に聞いてもらいたい」そういう思いから枝雀師匠に弟子入りしよ
うと
ご自宅の近くまで、行ったこともありました。
今は東京に住んでいますが、何があっても、どこであっても、復帰の高座には
いくつもりでいたのに…。
残念でなりません。

自殺するという行動は、鬱病が治ろうとしている時に、多いそうです。
「治りかけていた」時に、師匠が一人になった時間ができてしまった。
周囲の人を責めるわけではありませんが、それがとても悔やまれます。
 
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■Kiyo. 投稿日:99年4月21日<水>11時56分●もったいない人を亡くしたでええやない?
 皆さん世の中に『神さんなんかおらんのでっせ』
否,おるか,おらんかと 本人さんがどう思うかは勝手の事でおます。
しかしもし,おったとしたなら何であんなに才能のある,そして今後なんぼでも世の
為,人の為になろうかと言う落語家が急逝せなならんのですか? そして貴方方の中
で どれだけの人が神に願ったとして一体 本当に彼の死を 神さんが,遠ざけてく
れましたか?
 嘘やと思たら目の前に 徳利でもコップでも置いて,そこに「神さん神さん,私は
喉が乾いて死にそうなので,どうぞこの中に ビールでも水でも入れておくなはれ
!」とほんまに死ぬ気で願てみなはれ,どないです? 死にそうな貴方に神さんは,
いくらかでも貴方の喉を潤してくれましたか? くれまへんやろ(くれたような気が
する? それは思ただけの事で,実際に潤った事とはちゃいまんがな!それを観念論
言いますねん)
 何? 願い方が足らんてか? そんなんおらんのと一緒や!
 人はもっと唯物的に物事を識別できる能力を身につけないと,この先更に騙された
り,しくじり続けたりしまっせ。それは 信心に名を借りて権力を手中にしようとし
ている創価学会をバックとした公明党等と やり口は 同じでんがな。
 あるもんはある。無いものは おまへんねん。
どうしてもあるとか,おるとか言い張るのやったら,神さん総合プロデュースにて,
花月でも歌舞伎座でも,何処でもええから『帰って来た枝雀師匠独演会』を一回位 
開いたったらどやねん!?
(枝雀ファンには 申し訳ない,しかし,こういう場を借りて宗教的プロパガンダを
しようとする者を許せないと考えたゆえの事,御容赦願いたい。そして本当に注意せ
なならん事は,何気ないこんな所にもきっかけとして,オ○ムみたいな宗教団体が,
毛細血管のように触手を延ばしてたりする事も可能性としておまっさかいな,お〜
怖っ)

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■定吉とん投稿日:99年4月21日<水>11時41 ●分まるく、まぁ〜るく桂枝雀
図書館で読んでから探したのですが、絶版になってしまっていて、
その後古本屋で見つけて買いました。

絶版【まるく、まぁ〜るく桂枝雀】 サンケイ出版 廓正子 980 1981/9 
枝雀師匠の一番初期のころの生活ぶりが書いてあります。
「死ぬのがこわい病」のことも。なにより支えてこられた奥様のご苦労もうかがえま
す。
私の好きなSRのネタもあります。

熱心な芸人さんほど舞台の上の華やかさとは裏腹に、芸について悩んでおられます。
その毎日を支えられた奥様の今が気にかかります。いつも下座で三味線を
弾いておられた姿(テレビでしか見てませんが)が楽しそうでした。
奥様、どうぞ気丈にお過ごしください。

ほか、枝雀さんの本たくさんあります。落語のCD・ビデオはもちろん、
高座ではうかがえない枝雀さんの姿やお弟子さんとのかかわりなどは
本でしかわからないことがあります。

たくさんの方々のご心情を察するに余りあります。
奥様・お弟子さんはもちろん、影で支えて来られた落語作家の
小佐田定雄さんもどんなにかくやしい思いでおられるでしょう。

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■はる 投稿日:99年4月21日<水>07時00分  ●枝雀さんが大好きでした
枝雀さん、お元気にならはるように、一生懸命お祈りしてたのに・・・
もう、2度と会われへんようになってしもたなんて・・・
大阪におったときに、もっともっと枝雀さんの落語会行ったらよかった。
でも、ここで枝雀さんが大好きなみなさんに会えて、
一緒に悲しむことができる。
なんか支離滅裂。
枝雀さん、何で・・・何で・・・そればっかり思ってます。
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■きっしゃん投稿日:99年4月21日<水>04時54分 ●寂しいな
残念です。ご冥福をお祈り申し上げます。寂しさが込み上げてきます。
あのエネルギッシュな落語は文字どおり「身を削りながら」と感じた時期もありましたが
聞いている人を「ええ心持ちにしてくれはって」
もっと書き込みをしたい気がするのですがまとまりません。
師匠 お疲れ様でした。ゆっくりとしてください。
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■さとう投稿日:99年4月21日<水>03時41分 ●寂しいなぁ・・・
今から24時間前、インターネット上で師匠の訃報を聞きました。
この丸一日、何もわからなくなり、今ごろ「お悔やみの文章でも」と、やっと気づきました。「枝雀の前に枝雀無く、枝雀の後に枝雀無し」
まさに、そういうお人でした。以前、職場の上司が「悪いけど、今日は定時で帰るから」と、そそくさと帰っていきました。
翌日になって「何で早く帰ったと思う?桂枝雀独演会に行ってきたんや。」と得意そうに話し、むっちゃ悔しかったのを覚えています。
それでも「まぁ、いつか聴きに行けるやろ」と甘く考えていた私は、大馬鹿者です。慌てて馳せ参じるつもりはありませんが、遅かれ早かれいずれは私も師匠の近くへ参ります。
その時に拝見できることを、今から楽しみにしておきます。あの世の「お客さん」たちも、師匠の落語が聴きたくなったんかなぁ。そんなに急いで呼び出さなくてもええのに。。。。なんか、とりとめがなくなってしまいました。
まずはゆっくりとお休み下さい。
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■極楽蜻蛉投稿日:99年4月21日<水>03時02分 4月20日
カミさんから朝刊の見出しを指されて、私は思わず Freeze してしまいました。
19日の午前3時過ぎに亡くなられたとの事。
「枝雀さんのお元気な顔だけでも見られるようになればいいな」と思っていただけに、なんとも
悲しくてしかたがない。本当にかなしいです。
師匠の落語がすきな職場の方(なんとその方は妙齢なご婦人なのです)と、
「いっそ関西にお見舞いにいって、師匠の寝ておられるお布団の四隅を持って、クルッと向きを反対向きにして、必死でオマジナイを唱えたら、もしかして・・・・・」等と話していたところでしたのに。
師匠の為なら、私の残りの蝋燭の半分はあげても良いと思っていました。(もっとも私の蝋燭の残りも、あと僅かかも知れませんが。)
今となりましては、お聞きした師匠の「代書屋」が、私の宝物になってしまいました。残されたご遺族の方々にはお悔やみ申し上げます。
枝雀さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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■haasami 投稿日:99年4月21日<水>02時30分 ●さびしいです・・・とにかくニュースを見て、ただただ残念で、何か枝雀さんのことが書いてあるページを・・・と探していてこのページにたどり着きました。
 大学の時、なんとなーく入ったサークルが落研で、「せっかく入ったんだから、本物の落語を見に行こう」と初めて行った寄席が、「桂枝雀独演会」でした。
 もう楽しくて、楽しくて。それ以来、勝手に枝雀さんを「心の師」と仰いでいます。
 躁鬱病って、ほんとににくい病気ですね・・・
 あの世の人を笑わせるには早すぎますよぉ、枝雀さん。

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■げんすけ 投稿日:99年4月21日<水>00時02分 ●枝雀さんを永遠にしましょう。
枝雀さんは自殺しはったんやないと思います。躁鬱病という病気のために亡くならはったんです。皆さん、もうやってはると思いますが、これからも枝雀さんを僕たちの中で永遠にしていきましょう。枝雀さんは不滅です。